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医療訴訟事例から学ぶ睡眠薬投与の入院患者が院内で転倒・負傷し病院側を提訴

入院中の患者A(68歳・男性)が、平成11年11月8日より、食道癌の検査のため被告病院に入院した。同月12日午後9時ころ、睡眠薬(ハルシオン)1錠の投与を受けたが10日にも1錠が処方されており、投与後も問題はなかった。11月13日午前1時頃、トイレへ行った際、トイレの出入り口スロープ部分が水に濡れていたために滑って転倒し、左大腿骨頸部骨折の傷害を受け、人工骨頭置換手術を受けた。身体障害等級4級の後遺症が残ったとして被告病院に対して損害賠償請求訴訟を起こした。

争点と裁判所の判断

本件について裁判所での争点は、(1)本件転倒事故の原因はトイレの出入り口スロープ部分(長さ2メートル、高さ約20 cm、手すりなし)が水に濡れていたためであったかどうか(施設の保存又は設置の瑕疵があったか)、(2)患者の夜間の独力歩行を避けさせるべき注意義務違反があったか、(3)患者にハルシオンを投与する際の観察看護義務違反があったかである。
これについて、裁判所は、以下の様に判示して病院の過失を否定した。
(1)について、この転倒事故時に看護師のみならず、入院中の他の患者Bが、転倒した患者Aを病室のベッドまで連れて行った事実があり、このような第三者的立場にある患者Bの陳述と、被告病院看護師の陳述は、ほぼ一致している。それに比べ、カルテにも記載があるように、患者Aは、この事故時についての記憶がないとの発言、点滴をしていた時期、転倒後の着替えをしてもらったことなどに関する陳述も事実とは異なるものであった。このことからして、被告病院看護師らの陳述は信用できるのに対し、患者Aの陳述は信用できないものとされ、廊下が水に濡れていたために転倒したという患者Aの主張は認められず、施設の設置又は保存の瑕疵はないと判断された。
(2)については、患者Aは68歳と高齢であり、ハルシオンを投与していたことを考慮しても、栄養状態、精神状態にも特別問題はなく、入院後も食事摂取はできており、日中は病院内を自由に歩き回っており、歩行に関して注意すべき点はなかった。又、10日のハルシオンを投与後にも、特に異常が生じなかったことが確認されており、12日の時点で患者Aが夜間独力で被告病院内を安全に歩行することが困難な状態になるとは予測できなかった。
更に、(3)については、ハルシオンには、一般的に、めまい、ふらつき、中途覚醒時の出来事を覚えていないなどの一時的健忘、筋緊張低下及び転倒の副作用が生じる可能性があるとされているが、患者Aに対しては、ハルシオン使用に際して避けるべきとされている継続投与は実際に行っていなかった。また、10日に処方された後も異常な症状などは認められていないこと、患者Aの全身状態(栄養、運動機能状態)からみて、患者Aに上記のような副作用が生じることは予測できないと判示された。そのため。通常の入院患者に対する観察看護義務を超えて、ハルシオン投与後の原告の行動を観察すべき注意義務があったとは認められないし、また、夜中に目が覚めた場合にナースコールをする等の対応をさせる注意義務があったとも認められないとして賠償責任を否定した。

コメント

入院患者の転倒事故は、どこの病院でも抱えている重大な問題であり、特に、睡眠薬投与と転倒に関係があるとの報告が多くなされている。本事例では、転倒時における第3者の詳細な証言があったこと、又、ハルシオンの継続投与がなされていなかったこと、事故時の診療録の記載が詳細であったことなどから、被告病院に注意義務違反はないとされた。しかしながら、睡眠薬処方中の入院患者には常に転倒事故の危険性があり得ることから、睡眠薬の多用は控え、その適応基準を明確にし、転倒リスクスコアーなどを利用する。更には、リスクがあることについての自覚に乏しい患者・家族が多いことから、患者・家族にリスクの共有化をはかることが大切である。


睡眠薬の投与を受けている入院患者が、病院内で転倒したことにつき病院の過失が否定された事例
判決日:東京地裁、平成14年5月17日
キーワード:転倒事故、施設の設置又は保存の瑕疵、睡眠薬、観察看護義務違反

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